五祖のあと禪宗は神秀上座の北宗と六祖慧能の南宗に分かれたが、北宗は行昌を刺客として六祖のもとへ送りこむ。六祖は三度切りつけられるが蘇り行昌を北宗へ返す。
行昌はそのことを悔いて出家し六祖のもとで修行精進する。あるとき「涅槃經」にある常と無常について疑念を抱く。六祖は「無常は卽ち佛性なり、有常は卽ち善惡一切諸法分別心なり」と答える。行昌は「經には『佛性は是れ常』と説くに、和尚は『無常』という」と逆を指摘するが、六祖は「我が無常と説くは、正に是れ佛の説きたまう眞常の道なり」と説く。無常で常を説くというのだ。
行昌はたちまちに酔いの醒める思いで偈を以て心情を述べる。
無常の心を守るに因って、佛は有常の性を演ぶ
方便を知らざる者は、猶お春池に礫を拾うがごとし
「我れ今功を施さざれども、佛性現前す。師の授與するに非ず、我れも亦た所得無し」。六祖は「汝今徹せり」と言い「志徹」という名を授ける。美しい話である。
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