第七十二 安居

先師天童古佛、結夏小參云、平地起骨堆、窟籠。驀透兩重關、拈却黒漆桶(先師天童古佛、結夏の小參に云く、平地に骨堆を起し、空に窟籠をる。驀に兩重の關を透すれば、黒漆桶を拈却せり)。
しかあれば、得遮巴鼻子了、未免喫伸脚睡、在這裏三十年(遮の巴鼻子を得ぬれば、未だ免れずを喫しては脚を伸べて睡り、這裏に在つて三十年することを)なり。すでにかくのごとくなるゆゑに、打併調度、いとまゆるくせず。その調度に九夏安居あり。これ佛佛の頂面目なり。皮肉骨髓に親曾しきたれり。佛の眼睛頂を拈來して、九夏の日月とせり。安居一枚、すなはち佛佛と喚作せるものなり。
安居の頭尾、これ佛なり。このほかさらに寸土なし、大地なし。夏安居の一、これ新にあらず舊にあらず、來にあらず去にあらず。その量は拳頭量なり、その樣は巴鼻樣なり。しかあれども、結夏のゆゑにきたる、空塞破せり、あまれる十方あらず。解夏のゆゑにさる、地を裂破す、のこれる寸土あらず。このゆゑに結夏の公案現成する、きたるに相似なり。解夏の籠打破する、さるに相似なり。かくのごとくなれども、親曾の面面ともに結解を礙するのみなり。萬里無寸草なり、還吾九十日錢來(吾れに九十日の錢を還し來れ)なり。

黄檗死心和尚云、山行脚三十餘年、以九十日爲一夏。一日也不得、減一日也不得(黄檗死心和尚云く、山行脚すること三十餘年、九十日を以て一夏と爲す。一日をすこと也た不得なり、一日を減ずること也た不得なり)。
しかあれば、三十餘年の行脚眼、わづかに見徹するところ、九十日爲一夏安居のみなり。たとひ一日せんとすとも、九十日かへりきたりて競頭參すべし。たとひ減一日せんとすといふとも、九十日かへりきたりて競頭參するものなり。さらに九十日の窟籠を跳すべからず。この跳は、九十日の窟籠を手脚として跳するのみなり。九十日爲一夏は、我箇裏の調度なりといへども、佛のみづからはじめてなせるにあらざるがゆゑに、佛佛、嫡嫡正稟して今日にいたれり。
しかあれば、夏安居にあふはにあふなり。夏安居にあふは見佛見なり。夏安居ひさしく作佛せるなり。この九十日爲一夏、その時量たとひ頂量なりといへども、一劫十劫のみにあらず、百千無量劫のみにあらざるなり。餘時は百千無量等の劫波に使得せらる、九十日は百千無量等の劫波を使得するゆゑに、無量劫波たとひ九十日にあふて見佛すとも、九十日かならずしも劫波にかかはれず。
しかあれば參學すべし、九十日爲一夏は眼睛量なるのみなり。身心安居者それまたかくのごとし。夏安居の活地を使得し、夏安居の活地を跳せる、來處あり、職由ありといへども、他方他時よりきたりうつれるにあらず、當處當時より起興するにあらず。來處を把定すれば九十日たちまちにきたる、職由を摸索すれば九十日たちまちにきたる。凡聖これを窟宅とせり、命根とせりといへども、はるかに凡聖の境界を超越せり。思量分別のおよぶところにあらず、不思量分別のおよぶところにあらず、思量不思量の不及のみにあらず。

世尊在摩竭陀國、爲衆法。是時將欲白夏、乃謂阿難曰、大弟子、人天四衆、我常法、不生敬仰。我今入因沙臼室中、坐夏九旬。忽有人、來問法之時、汝代爲我、一切法不生、一切法不滅(世尊、摩竭陀國に在して衆の爲に法したまふ。是の時まさに白夏せんとしたまひて、乃ち阿難に謂つて曰はく、大弟子、人天四衆、我れ常に法すれども敬仰を生ぜず。我れ今因沙臼室中に入つて坐夏九旬すべし。忽ちに人有り、來つて法を問はん時、汝代つて我が爲にくべし、一切法不生、一切法不滅と)。
言訖掩室而坐(言ひ訖つて掩室して坐したまふ)。
しかありしよりこのかた、すでに二千一百九十四年[當日本元三年乙巳歳]なり。堂奥にいらざる兒孫、おほく摩竭掩室を無言の證據とせり。いま邪黨おもはくは、掩室坐夏の佛意は、それ言をもちゐるはことごとく實にあらず、善巧方便なり。至理は言語道斷し、心行處滅なり。このゆゑに、無言無心は至理にかなふべし、有言有念は非理なり。このゆゑに、掩室坐夏九旬のあひだ、人跡を斷絶せるなりとのみいひいふなり。これらのともがらのいふところ、おほきに世尊の佛意に孤負せり。
いはゆる、もし言語道斷、心行處滅を論ぜば、一切の治生産業みな言語道斷し、心行處滅なり。言語道斷とは、一切の言語をいふ。心行處滅とは、一切の心行をいふ。いはんやこの因、もとより無言をたうとびんためにはあらず。通身ひとへに泥水し入草して、法度人いまだのがれず、轉法拯物いまだのがれざるのみなり。もし兒孫と稱ずるともがら、坐夏九旬を無言なりといはば、還吾九旬坐夏來(吾れに九旬坐夏を還し來るべし)といふべし。
阿難に敕令していはく、汝代爲我、一切法不生、一切法不滅と代せしむ。この佛儀、いたづらにすごすべからず。おほよそ、掩室坐夏、いかでか無言無なりとせん。しばらく、もし阿難として當時すなはち世尊に白すべし、一切法不生、一切法不滅。作麼生。縱恁麼、要作什麼(一切法不生、一切法不滅。作麼生かかん。縱ひ恁麼にくも、什麼を作すことをか要せん)。かくのごとく白して、世尊の道を聽取すべし。
おほよそ而今の一段の佛儀、これ法轉法の第一義諦、第一無諦なり。さらに無言の證據とすべからず。もしこれを無言とせば、可憐三尺龍泉劒、徒掛陶家壁上梭(憐れむべし三尺龍泉の劒、徒らに掛る陶家壁上の梭)ならん。
しかあればすなはち、九旬坐夏は古轉法輪なり、古佛なり。而今の因のなかに、時將欲白夏とあり。しるべし、のがれずおこなはるる九旬坐夏安居なり、これをのがるるは外道なり。
おほよそ世尊在世には、あるいは利天にして九旬安居し、あるいは耆闍崛山靜室中にして五百比丘とともに安居す。五天竺國のあひだ、ところを論ぜず、ときいたれば白夏安居し、九夏安居おこなはれき。いま現在せる佛、もとも一大事としておこなはるるところなり。これ修證の無上道なり。梵網經中に冬安居あれども、その法つたはれず、九夏安居の法のみつたはれり。正傳まのあたり五十一世なり。

規云、行脚人欲就處所結夏、須於半月前掛搭。所貴茶湯人事、不倉卒(規に云く、行脚の人、處所に就て結夏せんと欲はば、須らく半月前に於て掛搭すべし。貴するところは、茶湯人事倉卒ならざらんことを)。
いはゆる半月前とは、三月下旬をいふ。しかあれば、三月内にきたり掛搭すべきなり。すでに四月一日よりは、比丘ありきせず。方の接待および寺の旦過、みな門を鎖せり。しかあれば、四月一日よりは、雲衲みな寺院に安居せり、庵裡に掛搭せり。あるいは白衣舍に安居せる、先例なり。これ佛の儀なり、慕古し修行すべし。拳頭鼻孔、みな面面に寺院をしめて、安居のところに掛搭せり。
しかあるを、魔儻いはく、大乘の見解、それ要樞なるべし。夏安居は聲聞の行儀なり、あながちに修すべからず。かくのごとくいふともがらは、かつて佛法を見聞せざるなり。阿耨多羅三藐三菩提、これ九旬安居坐夏なり。たとひ大乘小乘の至極ありとも、九旬安居の枝葉花菓なり。

四月三日の粥罷より、はじめてことをおこなふといへども、堂司あらかじめ四月一日より戒臘の榜を理會す。すでに四月三日の粥罷に、戒臘牌を衆寮前にかく。いはゆる前門の下間の窓外にかく。寮窓みな櫺子なり。粥罷にこれをかけ、放參鐘ののち、これををさむ。三日より五日にいたるまでこれをかく。をさむる時節、かくる時節、おなじ。
かの榜、かく式あり。知事頭首によらず、戒臘のままにかくなり。方にして頭首知事をへたらんは、おのおの首座監寺とかくなり。數職をつとめたらんなかには、そのうちにつとめておほきならん職をかくべし。かつて住持をへたらんは、某甲西堂とかく。小院の住持をつとめたりといへども、雲水にしられざるは、しばしばこれをかくして稱ぜず。もし師の會裏にしては、西堂なるもの、西堂の儀なし。某甲上座とかく例もあり。おほくは衣鉢侍者寮に歇息する、勝躅なり。さらに衣鉢侍者に充し、あるいは燒香侍者に充する、舊例なり。いはんやその餘の職、いづれも師命にしたがふなり。他人の弟子のきたれるが、小院の住持をつとめたりといへども、おほきなる寺院にては、なほ首座書記、都寺監寺等にずるは、依例なり、芳躅なり。小院の小職をつとめたるを稱ずるをば、叢林わらふなり。よき人は、住持をへたる、なほ小院をばかくして稱ぜざるなり。榜式かくのごとし。

某國某州某山某寺、今夏結夏海衆、戒臘如後。
陳如尊者
堂頭和尚
建保元戒
某甲上座 某甲藏主
某甲上座 某甲上座
建保二戒
某甲西堂 某甲維那
某甲首座 某甲知客
某甲上座 某甲浴主
建暦元戒
某甲直歳 某甲侍者
某甲首座 某甲首座
某甲化主 某甲上座
某甲典座 某甲堂主
建暦三戒
某甲書記 某甲上座
某甲西堂 某甲首座
某甲上座 某甲上座
右、謹具呈、若有誤錯、各指揮。謹状(右、謹んで具呈す。若し誤錯有らば、各すらくは指揮せんことを。謹んで状す)。
某年四月三日 堂司比丘某甲謹状
かくのごとくかく。しろきかみにかく。眞書にかく、草書隷書等をもちゐず。かくるには、布線のふとさ兩米粒許なるを、その紙榜頭につけてかくなり。たとへば、簾額のすぐならんがごとし。四月五日の放參罷にをさめをはりぬ。

四月八日は佛生會なり。
四月十三日の齋罷に、衆寮の衆、すなはち本寮につきて煎點諷經す。寮主ことをおこなふ。點湯燒香、みな寮主これをつとむ。寮主は衆寮の堂奥に、その位を安排せり。寮首座は、寮の聖の左邊に安排せり。しかあれども、寮主いでて燒香行事するなり。首座、知事等、この諷經におもむかず。ただ本寮の衆のみおこなふなり。
維那、あらかじめ一枚の戒臘牌を修理して、十五日の粥罷に、堂前の東壁にかく、前架のうへにあたりてかく。正面のつぎのみなみの間なり。
規云、堂司預設戒臘牌、香華供養[在堂前設之](規に云く、堂司預め戒臘牌を設けて、香華もて供養すべし[堂前に在りて之を設く])。

四月十四日の齋後に、念誦牌を堂前にかく。堂おなじく念誦牌をかく。至晩に、知事あらかじめ土地堂に香華をまうく、額のまへにまうくるなり。集衆念誦す。
念誦の法は、大衆集定ののち、住持人まづ燒香す。つぎに知事、頭首、燒香す。浴佛のときの燒香の法のごとし。つぎに維那、くらゐより正面にいでて、まづ住持人を問訊して、つぎに土地堂にむかうて問訊して、おもてをきたにして、土地堂にむかうて念誦す。詞云、
竊以風扇野、炎帝司方。當法王禁足之辰、是釋子護生之日。躬大衆、肅詣靈祠、誦持萬洪名、囘向合堂眞宰。所祈加護得遂安居。仰憑尊衆念(竊に以みるに、風野を扇ぎ、炎帝方を司る。法王禁足の辰に當る、是れ釋子護生の日なり。躬ら大衆をめて、肅んで靈祠に詣し、萬の洪名を誦持し、合堂の眞宰に囘向す。祈る所は加護して安居を遂ぐるを得んことを。仰いで尊衆を憑んで念ず)。
淨法身毘盧遮那佛 金打
圓滿報身盧遮那佛 同
千百億化身釋牟尼佛 同
當來下生彌勒尊佛 同
十方三世一切佛 同
大聖文殊師利菩薩 同
大聖普賢菩薩 同
大悲觀世音菩薩 同
尊菩薩摩訶薩 同
摩訶般若波羅蜜 同
上來念誦功、竝用囘向、護持正法、土地龍。伏願、光協贊、發揮有利之勳。梵樂興、亦錫無私之慶。再憑尊衆念(上來念誦の功、竝びに用つて正法を護持せん土地龍に囘向す。伏して願はくは光協贊し、有利の勳を發揮せんことを。梵樂興して、亦た無私の慶を錫はらんことを。再び尊衆を憑んで念ず)。
十方三世一切佛、
尊菩薩摩訶薩、
摩訶般若波羅蜜。
ときに鼓響すれば、大衆すなはち雲堂の點湯の座に赴す。點湯は庫司の所辨なり。大衆赴堂し、次第巡堂し、被位につきて正面而坐す。知事一人行法事す。いはゆる燒香等をつとむるなり。
規云、本合監院行事。有改維那代之(規に云く、本としては監院行事すべし。改むること有らば維那之に代るべし)。
すべからく念誦已前に寫して首座に呈す。知事、搭袈裟帶坐具して首座に相見するとき、あるいは兩展三拜しをはりて、を首座に呈す。首座、答拜す。知事の拜とおなじかるべし。は箱に複子をしきて、行者にもたせてゆく。首座、知事をおくりむかふ。

庫司今晩就
雲堂煎點、特爲
首座
大衆、聊表結制之儀。伏冀
衆慈同垂
光降。
元元年四月十四日 庫司比丘某甲等謹白
知事の第一の名字をかくなり。を首座に呈してのち、行者をして雲堂前に貼せしむ。堂前の下間に貼するなり。前門の南頬の外面に、を貼いる板あり。このいた、ぬれり。
殼漏子あり。殼漏子は、の初にならべて、竹釘にてうちつけたり。しかあれば、殼漏子もかたはらに押貼せり。このは如法につくれり。五分許の字にかく、おほきにかかず。殼漏子の表書は、かくのごとくかく。
首座 大衆 庫司比丘某甲等謹封
煎點をはりぬれば、ををさむ。

十五日の粥前に、知事、頭首、小師、法眷、まづ方丈内にまうでて人事す。住持人もし隔宿より免人事せば、さらに方丈にまうづべからず。
免人事といふは、十四日より、住持人、あるいは頌子あるいは法語をかけるを、方丈門の東頬に貼せり。あるいは雲堂前にも貼す。
十五日の陞座罷、住持人、法座よりおりてのまへにたつ。拜席の北頭をふみて、面南してたつ。知事、近前して兩展三拜す。
一展云、此際安居禁足、獲奉巾瓶。唯仗和尚法力資持、願無難事(一展して云く、此際の安居禁足、巾瓶奉することを獲たり。ただ和尚の法力の資持に仗りて、願はくは難事無からんことを)。
一展、叙寒暄(一展して寒暄を叙す)、觸禮三拜。
叙寒暄云者、展坐具三拜了、收坐具、進云、辰孟夏漸熱。法王結制之辰、伏惟、堂頭和尚、法候動止萬、下不勝感激之至(叙寒暄といふは、展坐具三拜了に、坐具を收め、進んで云く、辰孟夏漸くに熱なり。法王結制の辰、伏して惟れば堂頭和尚、法候動止萬、下感激の至りに勝へず)。
かくのごとくして、その次、觸禮三拜。ことばなし、住持人みな答拜す。
住持人念、此者多幸得同安居、亦冀某[首座監寺]人等、法力相資、無難事(此者多幸にも同じく安居すること得たり、亦た冀はくは某[首座監寺]人等、法力相資け、の難事無からんことを)。
首座大衆、同此式也(此の式に同ず)。
このとき、首座大衆、知事等、みな面北して禮拜するなり。住持人ひとり面南にして、法座の前に立せり。住持人の坐具は、拜席のうへに展ずるなり。
つぎに首座大衆、於住持人前、兩展三拜(首座大衆、住持人の前に兩展三拜す)。このとき、小師、侍者、法眷、沙彌、在一邊立。未得與大衆雷同人事(小師、侍者、法眷、沙彌、一邊に在りて立す。未だ大衆と雷同して人事することを得ず)。
いはゆる一邊にありてたつとは、法堂の東壁のかたはらにありてたつなり。もし東壁邊に施主の垂箔のことあらば、法鼓のほとりにたつべし、また西壁邊にも立すべきなり。
大衆禮拜をはりて、知事まづ庫堂にかへりて主位に立す。つぎに首座すなはち大衆を領して庫司にいたりて人事す。いはゆる知事と觸禮三拜するなり。
このとき小師、侍者、法眷等は、法堂上にて住持人を禮拜す。法眷は兩展三拜すべし、住持人の答拜あり。小師、侍者、おのおの九拜す。答拜なし。沙彌九拜、あるいは十二拜なり。住持人合掌してうくるのみなり。
つぎに首座、堂前にいたりて、上間の知事牀のみなみのはしにあたりて、雲堂の正面にあたりて、面南にて大衆にむかうてたつ。大衆面北して、首座にむかうて觸禮三拜す。首座、大衆をひきて入堂し、戒臘によりて巡堂立定す。知事入堂し、聖前にて大展禮三拜しておく。つぎに首座前にて觸禮三拜す。大衆答拜す。知事、巡堂一して、いでてくらゐによりて叉手してたつ。
住持人入堂、聖前にして燒香、大展三拜起(大展三拜して起く)。このとき、小師於聖後避立。法眷隨大衆(小師、聖の後に避けて立つ。法眷、大衆に隨ふ)。
つぎに住持人、於首座觸禮三拜(首座に於て觸禮三拜す)。
いはく、住持人、ただくらゐによりてたち、面南にて觸禮す。首座大衆答拜、さきのごとし。
住持人、巡堂していづ。首座、前門の南頬よりいでて住持人をおくる。
住持人出堂ののち、首座已下、對禮三拜していはく、此際幸同安居、恐三業不善、且望慈悲(此の際幸ひに安居を同じうす、三業不善ならんことを恐る、且望すらくは慈悲あらんことを)。
この拜は、展坐具三拜なり。かくのごとくして首座、書記、藏主等、おのおのその寮にかへる。もしそれ衆寮は、寮主、寮首座已下、おのおの觸禮三拜す。致語は堂中の法におなじ。

住持人こののち、庫堂よりはじめて巡堂す。次第に大衆相隨、送至方丈。大衆乃退(大衆相隨ひて、送つて方丈に至りて、大衆乃ち退す)。
いはゆる住持人まづ庫堂にいたる、知事と人事しをはりて、住持人いでて巡堂すれば、知事しりへにあゆめり。知事のつぎに、東廊のほとりにあるひとあゆめり。住持人このとき延壽院にいらず。東廊より西におりて、山門をとほりて巡寮すれば、山門の邊の寮にある人、あゆみつらなる。みなみより西の廊下および寮にめぐる。このとき、西をゆくときは北にむかふ。このときより、安老、勤舊、前資、頤堂、單寮のともがら、淨頭等、あゆみつらなれり。維那、首座等あゆみつらなるつぎに、衆寮の衆あゆみつらなる。巡寮は、寮の便宜によりてあゆみくははる。これを大衆相送とはいふ。
かくのごとくして、方丈の西階よりのぼりて、住持人は方丈の正面のもやの住持人のくらゐによりて、面南にて叉手してたつ。大衆は知事已下みな面北にて住持人を問訊す。この問訊、ことにふかくするなり。住持人、答問訊あり。大衆退す。
先師は方丈に大衆をひかず、法堂にいたりて、法座の前にして面南叉手してたつ、大衆問訊して退す、これ古往の儀なり。
しかうしてのち、衆おのおのこころにしたがひて人事す。
人事とは、あひ禮拜するなり。たとへば、おなじ間のともがら、あるいは照堂、あるいは廊下の便宜のところにして、幾十人もあひ拜して、同安居の理致を賀す。しかあれども、致語は堂中の法になずらふ。人にしたがひて今案のことばも存ず。あるいは小師をひきゐたる本師あり、これ小師かならず本師を拜すべし、九拜をもちゐる。法眷の住持人を拜する、兩展三拜なり。あるいはただ大展三拜す。法眷のともに衆にあるは、拜おなじかるべし。師叔、師伯、またかならず拜あり。隣單隣肩みな拜す、相識道舊ともに拜あり。單寮にあるともがらと、首座、書記、藏主、知客、浴司等と、到寮拜賀すべし。單寮にあるともがらと、都寺、監寺、維那、典座、直歳、西堂、尼師、道士等とも、到寮到位して拜賀すべし。到寮せんとするに、人しげくして入寮門にひまをえざれば、をかきてその寮門におす。そのは、ひろさ一寸餘、ながさ二寸ばかりなる白紙にかくなり。かく式は、
某寮 某甲
拜賀
又の式
雲 懷昭等
拜賀
又の式
某甲
禮賀
又の式
某甲
拜賀
又の式
某甲
禮拜
かくしき、おほけれど、大旨かくのごとし。しかあれば、門側にはこのあまたみゆるなり。門側には左邊におさず、門の右におすなり。このは、齋罷に、本寮主をさめとる。今日は、大小寮、みな門簾をあげたり。
堂頭、庫司、首座、次第に煎點といふことあり。しかあれども、遠島深山のあひだには省略すべし。ただこれ禮數なり。退院の長老、および立の首座、おのおの本寮につきて、知事、頭首のために特爲煎點するなり。
かくのごとく結夏してより、功夫辨道するなり。衆行を辨肯せりといへども、いまだ夏安居せざるは佛の兒孫にあらず、また佛にあらず。孤獨園、靈鷲山、みな安居によりて現成せり。安居の道場、これ佛の心印なり、佛の住世なり。

解夏七月十三日、衆寮煎點諷經。またその月の寮主これをつとむ。
十四日、晩念誦。
來日陞堂。人事、巡寮、煎點、竝同結夏。唯状詞語、不同而已(人事、巡寮、煎點、竝びに結夏に同じ。唯状の詞語、不同なるのみ)。
庫司湯云、庫司今晩、就雲堂煎點、特爲首座大衆、聊表解制之儀。伏冀衆慈同垂光降(庫司湯に云く、庫司今晩、雲堂に就て煎點す。特に首座大衆の爲にし、聊か解制の儀を表す。伏して冀はくは衆慈同じく光降を垂れんことを)。
庫司比丘某甲 白
土地堂念誦詞云、切以金風扇野、白帝司方。當覺皇解制之時、是法歳周圓之日。九旬無難、一衆咸安。誦持佛洪名、仰報合堂眞宰。仰憑大衆念(土地堂念誦の詞に云く、切に以みれば金風野を扇ぎ、白帝方を司る。覺皇解制の時に當り、是れ法歳周圓の日なり。九旬難無く、一衆咸安なり。佛の洪名を誦持し、仰いで合堂の眞宰に報ず。仰いで大衆を憑んで念ず)。
これよりのちは結夏の念誦におなじ。
陞堂罷、知事等、謝詞にいはく、伏喜法歳周圓、無難事。此蓋和尚道力林、下無任感激之至(伏して喜すらくは法歳周圓し、もろもろの難事無かりしことを。此れ蓋し和尚道力の林なり、下感激の至りに任へず)。
住持人謝詞いはく、此者法歳周圓、皆謝某[首座監寺]人等法力相資、不任感激之至(此者法歳周圓す、皆な某[首座監寺]人等の法力相資せるを謝す、感激の至りに任へず)。
堂中首座已下、寮中寮主已下、謝詞いはく、九夏相依、三業不善、惱亂大衆、伏望慈悲(九夏相依す、三業不善なり、大衆を惱亂せり。伏して望むらくは慈悲あらんことを)。
知事、頭首告云、衆中兄弟行脚、須候茶湯罷、方可隨意[如有緊急事、不在此限](知事、頭首告して云く、衆中の兄弟行脚せんには、須らく茶湯罷を候つて、方に隨意なるべし[如し緊急の事有らば、此の限りに在らず])。
この儀は、これ威音、空王の前際後際よりも頂量なり。佛のおもくすること、ただこれのみなり。外道天魔のいまだ惑亂せざるは、ただこれのみなり。三國のあひだ、佛の兒孫たるもの、いまだひとりもこれをおこなはざるなし。外道はいまだまなびず、佛一大事の本懷なるがゆゑに、得道のあしたより涅槃のゆふべにいたるまで、開演するところ、ただ安居の宗旨のみなり。西天の五部の衆ことなれども、おなじく九夏安居を護持してかならず修證す。震旦の九宗の衆、ひとりも破夏せず。生前にすべて九夏安居せざらんをば、佛弟子、比丘と稱ずべからず。ただ因地に修するのみにあらず、果位の修證なり。大覺世尊すでに一代のあひだ、一夏も闕如なく修證しましませり。しるべし、果上の佛證なりといふこと。
しかあるを、九夏安居は修證せざれども、われは佛の兒孫なるべしといふは、わらふべし。わらふにたへざるおろかなるものなり。かくのごとくいはんともがらのこと葉をばきくべからず。共語すべからず、同坐すべからず、ひとつみちをあゆむべからず。佛法には、梵壇の法をもて惡人を治するがゆゑに。

ただまさに九夏安居これ佛と會取すべし、保任すべし。その正傳しきたれること、七佛より摩訶葉におよぶ。西天二十八、嫡嫡正傳せり。第二十八みづから震旦にいでて、二正宗普覺大師をして正傳せしむ。二よりこのかた、嫡嫡正傳して而今に正傳せり。震旦にいりてまのあたり佛の會下にして正傳し、日本國に正傳す。すでに正傳せる會にして九旬坐夏しつれば、すでに夏法を正傳するなり。この人と共住して安居せんは、まことの安居なるべし。まさしく佛在世の安居より嫡嫡面授しきたれるがゆゑに、佛面面まのあたり正傳しきたれり。佛身心したしく證契しきたれり。かるがゆゑにいふ、安居をみるは佛をみるなり、安居を證するは佛を證するなり。安居を行ずるは佛を行ずるなり、安居をきくは佛をきくなり、安居をならふは佛を學するなり。
おほよそ九旬安居を、いまだ違越しましまさざる法なり。しかあればすなはち、人王、釋王、梵王等、比丘となりて、たとひ一夏なりといふとも安居すべし。それ見佛ならん。人衆、天衆、龍衆、たとひ一九旬なりとも、比丘比丘尼となりて安居すべし。すなはち見佛ならん。佛の會にまじはりて九旬安居しきたれるは見佛來なり。われらさいはひにいま露命のおちざるさきに、あるいは天上にもあれ、あるいは人間にもあれ、すでに一夏安居するは、佛の皮肉骨髓をもて、みづからが皮肉骨髓に換却せられぬるものなり。佛きたりてわれらを安居するがゆゑに、面面人人の安居を行ずるは、安居の人人を行ずるなり。恁麼なるがゆゑに、安居あるを千佛萬といふのみなり。ゆゑいかんとなれば、安居これ佛の皮肉骨髓、心識身體なり。頂眼睛なり、拳頭鼻孔なり。圓相佛性なり、拂子杖なり、竹箆蒲團なり。安居はあたらしきをつくりいだすにあらざれども、ふるきをさらにもちゐるにはあらざるなり。

世尊告圓覺菩薩、及大衆、一切衆生言、若經夏首三月安居、當爲淨菩薩止住。心離聲聞、不假徒衆。至安居日、於佛前作如是言。我比丘比丘尼、優婆塞優婆夷某甲、踞菩薩乘修寂滅行、同入淨實相住持。以大圓覺爲我伽藍、心身安居。平等性智、涅槃自性、無繋屬故。今我敬、不依聲聞、當與十方如來及大菩薩、三月安居。爲修菩薩無上妙覺大因故、不繋徒衆。善男子、此名菩薩示現安居(世尊、圓覺菩薩、及びの大衆、一切衆生に告げて言はく、若し夏首より三月の安居を經ば、當に淨菩薩の止住たるべし。心、聲聞を離れて徒衆を假らざれ。安居の日に至りなば、ち佛前に於て是の如くの言を作すべし。我れ比丘比丘尼、優婆塞優婆夷某甲、菩薩乘に踞して寂滅の行を修す、同じく淨實相に入りて住持せん。大圓覺を以て我が伽藍と爲して心身安居せん。平等性智、涅槃自性、繋屬無きが故に。今我れ敬す、聲聞に依らず、當に十方如來、及び大菩薩とともに、三月安居すべし。菩薩の無上妙覺大因を修せんが爲の故に、徒衆を繋せず。善男子、此れを菩薩の示現安居と名づく)。
しかあればすなはち、比丘比丘尼、優婆塞優婆夷等、かならず安居三月にいたるごとには、十方如來および大菩薩とともに、無上妙覺大因を修するなり。しるべし、優婆塞優婆夷も安居すべきなり。この安居のところは大圓覺なり。しかあればすなはち、鷲峰山、孤獨園、おなじく如來の大圓覺伽藍なり。十方如來及大菩薩、ともに安居三月の修行あること、世尊のをしへを聽受すべし。

世尊於一處、九旬安居、至自恣日、文殊倏來在會(世尊一處に九旬安居したまひしに、自恣の日に至つて、文殊倏ちに來つて會に在り)。
葉問文殊、今夏何處安居(葉文殊に問ふ、今夏何れの處にか安居せる)。
文殊云、今夏在三處安居(文殊云く、今夏三處に在つて安居せり)。
葉於是集衆白槌欲擯文殊。纔擧槌、見無量佛刹顯現、一一佛所有一一文殊、有一一葉、擧槌欲擯文殊(葉是に於て集衆し白槌して文殊を擯せんとす。纔かに槌を擧するに、ち無量の佛刹顯現し、一一の佛所に一一の文殊有り、一一の葉有り、擧槌して文殊を擯せんとするを見る)。
世尊於是告葉云、汝今欲擯阿那箇文殊(世尊是に於て葉に告げて云く、汝今阿那箇の文殊を擯せんとするや)。
于時葉茫然(時に葉茫然たり)。
圜悟禪師拈古云、
鐘不撃不響(鐘撃たざれば響かず)、
鼓不打不鳴(鼓打たざれば鳴らず)。
把定要津(に要津を把定すれば)、
文殊乃十方坐斷(文殊乃ち十方坐斷す)。
當時好一場佛事(當時好一場の佛事なり)。
可惜放過一著(惜しむべし、一著を放過せることを)。
待釋老子道欲擯阿那箇文殊、便與撃一槌看、他作什麼合殺(釋老子の阿那箇の文殊をか擯せんとすると道せんを待つて、便ち撃一槌を與へて看るべし、他什麼の合殺をか作す)。
圜悟禪師頌古云、
大象不遊兔徑(大象は兔徑に遊ばず)、
燕雀安知鴻鵠(燕雀安くんぞ鴻鵠を知らん)。
據令宛若成風(據令宛も風を成すが若し)、
破的渾如囓鏃(破的渾て鏃を囓むが如し)。
界是文殊(界是れ文殊)、
界是葉(界是れ葉)、
相對各儼然(相對しておのおの儼然たり)。
擧椎何處罰好一箚(擧椎何れの處か罰せん好一箚)、
金色頭陀曾落却(金色の頭陀曾て落却せり)。
しかあればすなはち、世尊一處安居、文殊三處安居なりといへども、いまだ不安居あらず。もし不安居は、佛及菩薩にあらず。佛の兒孫なるもの安居せざるはなし、安居せんは佛の兒孫としるべし。安居するは佛の身心なり、佛の眼睛なり、佛の命根なり。安居せざらんは佛の兒孫にあらず、佛にあらざるなり。いま泥木、素金、七寶の佛菩薩、みなともに安居三月の夏坐おこなはるべし。これすなはち住持佛法寶の故實なり、佛訓なり。
おほよそ佛の屋裏人、さだめて坐夏安居三月、つとむべし。

正法眼藏第七十二

爾時元三年乙巳夏安居六月十三日在越宇大佛寺示衆